三味線じょんから -竹山の汀へ-
邦楽ジャーナル 2008年11月01日発行 " CD & DVD / BOOK Review "
渡部晋也(わたべ・しんや)さん
主に舞台の写真を撮り、音楽を紹介することを仕事にしている。そこに「歌」が感じられるかどうかが最近気になるポイント。根っからの東京人。
しばらく活動の様子を聞かなかった二代目高橋竹山。8年ぶりのアルバムは師・初代竹山の没後10年という節目にリリースされた。全13曲は三味線独奏が4曲に弾き語り5曲。そして初代の尺八の伴奏で歌っていた故、没後は無伴奏で歌っているという「竹もの」が4曲。どれも初代との想い出が詰まった曲であることが、本人による解説で知ることができる。
不思議なことに、かつて津軽三味線に興味を示したきっかけだったエキゾチシズムを、このアルバムでは感じなかった。しかしそれは感動がなかったわけではない。ものすごく穏やかな安心感と、きっと日本の旋律に反応する郷愁とが心を包み込んでいた。竹山のうたと三味線は、決してやかましくなく、もちろん煽動するでもなく。それでいながら確実に聴き手の意識を取り込んでいる気がする。
津軽三味線人気の高まり、が噂されてずいぶん経ち、何人もの奏者を聴いてきたつもりだが、これだけ自然体で、傍に置いておきたい音色に出会ったのは初めてだ。
・15日
・16日
「三味線じょんから -竹山の汀へ-」 発売記念演奏会
浄興寺にて 糸魚川市・横山 誠治さん
拾壱月三日、一寸早めに浄興寺へと車を走らせた。寺の境内は「菊まつり」開催中で、まづ見る文化。愛好家が丹精して一年かかって育てた三本立てや小菊が並ぶ懸崖など、色鮮やかな作品が目をたのしませて呉れた。次は食文化で大根焚き。昔からの信仰で、寒さに向かうこの季節に大根を煮て食べると厄を除け、無病息災に暮らせると云われる。次は聞く文化。本堂へ上がりお参りをすませ、一寸一福。内陣の巻障子を〆め、矢来内にある舞台にはマイクと椅子が用意されている。
いよいよ開演時間が来て、先づ一曲。その後に竹山の挨拶があり、今日は何故着物姿で出演したかなどの話しが有り納得した。常識的な事の由! 二部は、うってかわってドレス姿で立って弾き、唄った。最后の曲(:即興曲)演奏には、その撥さばきに感動した満堂の拍手が中々止まない。アンコールには目出度い唄(:謙良節)を一曲。あの唄声はどこから出るのかなと思う。忘れる事のできない感動であった。
見る、食べる、聞く文化は、文字のように記録に残しがたいものだが、今日の竹山の演奏会は、生涯忘れ得ぬ記憶に残る文化だと確信する。御佛の前で身も心も洗い清められ、新しい書物の一ページをめくることができた気がした。本当に意義ある文化の日であった。
淨興寺 ……真宗浄興寺派本山の寺院。山号は歓喜踊躍山(かんぎゆやくざん)。開山は浄土真宗の開祖親鸞。演奏会を開いた本堂は、重要文化財(国指定)。延宝7年(1679年)頃建立。新潟県を代表する近世仏教建築。 本山浄興寺のHP
高橋竹山 津軽三味線ひとり旅 没後十年特別公演
矢作新報 リレーエッセイから 豊田市・奥村 岳宏さん
津軽三味線の大家、初代高橋竹山の没後十年特別公演を観に東京・紀尾井ホールに足を運んだ。初代の著書「津軽三味線ひとり旅」をドラマ・リーディングに仕立てた舞台である。初代竹山役に栗塚旭、盲啞学校時代の同級生で初代に恩を受け、生涯「爺っちゃ」と呼んで慕ったナミコ役に高林由起子。そして、ふたりの名優が演じる物語に、二代目高橋竹山が演奏を付けるというものだ。
それは素晴らしい舞台だった。幼い頃に光を失い、極貧の中で三味線を弾き続けた初代竹山の生き様に心を打たれ、そしてその壮絶な人生を包み込むように聴こえる二代目の演奏に魂を揺さぶられた。
私は二代目の大ファンを自認しているが、初代の演奏はCDでわずかに聴いたことがあるばかりだった。もちろん生演奏は聴いたことがない。ただ、初代が想像を絶する苦労の中で、独奏楽器としての津軽三味線というスタイルを創り上げたということは話しに聴いていた。数年前、二代目の演奏を初めて聴いたとき、演奏技術はもちろんその音の持つ重さ、深さに心が震え、不覚にも涙がこぼれた。そして同時に、それは古いブルースやジャズと同じ音だと感じた。ブルースやジャズも、元々は人種差別で辛酸を舐め続けた黒人の魂の叫びだ。二代目の奏でる三味線の音色と澄みきった歌声は、厳しい自然や貧しい庶民の暮らしといった古き津軽の風土や歴史を感じさせるものだった。それはテレビなどで時々耳にしていた、若手演奏家たちの出す音とはまったく別のものだった。
この舞台では改めて高橋竹山の名前の大きさと、二代目の音楽家、演奏家としての格の高さを感じることもできた。満員の観客が発する上演前の静かだが大きな期待感、そして終演後の感動の余韻と満足感が紀尾井ホールのアカデミックな空間に満ちていた。そんな雰囲気を醸し出せるのも、初代の功績と二代目の実力と格があってこそだ。
終わりの曲は、初代が必ず舞台の最後に演奏したという「岩木」という名の即興曲だった。スクリーンに初代の姿が映し出され曲が流れる。それに二代目が音を被せていく。やがて初代の演奏は消え二代目の独奏になった。私は目を閉じたまま聴いていた。脳裏には厳しい冬の津軽の風景が浮かんでいる。私は今、時空を超えて初代の演奏に浸っているのだと思った。

* 津軽三味線ひとり旅
……初代・高橋竹山 著 中公文庫

三味線じょんから -竹山の汀へ-















